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生物の決定

ここでは、1個体の生物がどのように決定されるかについて考察しようと思う。
生物個体の外見や性格、性質、行動等がどのように決まるのかという問題は、生物学における重要なテーマである。

現在となっては既に有名な事実であるが、生物を決める要因の一つは、DNA(遺伝子の組み合わせ)である。
DNAは、親から子へと受け継がれるもので、しばしば生物の設計図に例えられる。
そして、遺伝子とは、生物の形質を決める最小要素であり、「1遺伝子=DNA上の1領域」という考えが一般的である。
その領域は、1つの蛋白質を記録しているというのが普通だ(厳密には領域が重なっていることもある)。

例えば、手を作るのに、100種の蛋白質(の組み合わせ)が必要だとしよう。
この中の1つの蛋白質が足りなかったりすると、手の形成に異常が出てくるので、結局、手という形質に異常となって表れる。
あるいは、1つの蛋白質がちょっとだけ変わっていると、それも手の形質に変化となって現れて、個性(手の微妙な形)などになる。
つまり、1つの蛋白質が1つの形質に対応するというわけである。

実際に機能を持つものは蛋白質なのだが、それを記録しているのが遺伝子なので、遺伝子が形質を決めると言われているのである。
ということで、結局、この遺伝子の組み合わせ(DNA)が、生物決定の基礎となる。
どの遺伝子をどの順番で読み出すかということまで、どこかに遺伝子として記録されている。
そのため、生物の基本形態はもちろん、微妙な個性までが、ほとんど遺伝子だけで決まってしまうのである。
それどころか、限られた一部の行動は、完全に遺伝子だけで決まってしまうようである(‘完全な’本能など)。

しかし、個体が遺伝子だけで決まるわけではないと言うのは、容易に想像も出来るはずだ。
ヒトに限らず一卵性双生児という種の双子が産まれることがあるが、その2人のDNAは、基本的に全く同じである(つまり一卵性双生児はクローンである)。
が、その双子は成長すれば間違いなく別の個性を持った生物へと育つ。
これは、育った環境の違いによるものである。

生物の決定に影響する環境因子は非常に種類が多い。
栄養、日照、温度、湿度、周りの生物などほとんど全ての環境因子が生物に影響を与える。
多細胞動物に限らず、植物や単細胞生物であっても、環境を感じる機構を持っていて、同じように環境の影響を受ける。
多くの環境因子は、生物の遺伝子の読み込みに変化を与え、遺伝子を介して生物を変えていく。

一番顕著な例は、多細胞動物における神経への影響だ。
神経(特に脳)の完成は非常に遅いため、環境の影響を大きく受ける。
というより、環境に適応するために、神経の完成が遅いと言った方が良いかもしれない。
環境は、(多細胞動物において)神経の結合を変え、生物の性格や能力を直接決定付ける。
このような神経に対する決定は、行動の決定でもあると言える。
過去に受けた教育や経験などによって、一部の行動はあらかじめ決定されていると考えるわけだ。
そして、行動が表に現れるということを行動の決定とは別のもの考えれば良い。
例えば、倒れている人を見た時にどう行動するかは、それまでの生き方によって既に決まっている、というような感じである。
最終的には、このような行動の決定は、性格の決定などと区別できなくなってきて、結局のところ、全てを統一的に扱えるようになる。

もちろん神経以外にも環境によって決定されるものはいくつでもある。
例えば、湿度や仲間の状態によって、雌雄が決定されるという生物がいる。
また、セミも栄養状態さえ良ければ、いつまでも地中で過ごすことなく、すぐに成虫になることができる。
植物は当然光を求めて成長するし、単細胞生物も都合の良い場所を求めて移動するものが多い。
さらに、一部の単細胞生物は、環境によって体(細胞)を変化させる。

また、DNAだけでほとんど生物が決定されてしまう段階においても、生育環境が全く適していなければ、当然正しい遺伝子の読みこみは行われなくなってしまう。
海水魚の卵を淡水中に入れたら、当然発生は失敗するというようなことだ。
よって、常に環境はDNAを制御しているといっても過言ではない。

これらとは異なり、遺伝子を介すことなく、生物を決定付ける環境因子もある。
素早い決定を要するものに多いタイプである。
神経伝達、もっと広く言うなら電気的伝達は、まさにこれに当たる。
これは、素早い行動の決定とも言うことができる。

例えば、熱いやかんに指で触ったとしよう。
このとき、人はすぐに指を引っ込めるだろう。
つまり、素早い行動の決定がなされたわけである。
もし、熱刺激によって、遺伝子が読み込まれ・・・などとやっていたら、当然指はだめになってしまうわけである。
別に多細胞動物でなくても、オジギソウのおじぎや、クラミドモナスの走光性(マニアックですみません)などの素早い決定(‘行動’という表現は不適切かもしれない)は、遺伝子を介さずに行われる。
ホルモンによる制御など比較的ゆっくりとした決定も、神経の働きによるものなので、遺伝子を介さないことがある。

当然だが、環境因子による生物の決定は、環境因子だけでは不十分である。
同じ環境下にあっても、異なる生物には(例え同じ種であっても)異なる変化が表れ、それぞれの生物を決定していく。
環境による生物の決定は、その生物固有のDNAや、生物がその環境に置かれた時の状態が絡んでくるのである。
そのため、非常に複雑な決定となる。

このように、生物は、その形態、性格、そして細かい行動に至るまで、ほとんどDNAと環境によって決定される。
実際は、親(母親)由来の(受精卵の)細胞質(細胞を満たしているもの)やランダム因子(つまり運)など、決して無視できない生物決定因子はあるのだが、基本的にはDNAと環境を考えれば十分だ。

確かにDNAと環境を考えれば十分なのだが、上で少し触れたように、ある瞬間の決定には当然その生物個体の状態が絡んでくる。
生物の状態というのは、それまでの決定が反映されて得られたものである。
つまり、状態を知るには、生まれてからその時までの決定を連続的に加算すれば良いということになる。
例えるなら、決定を時間に対して積分するようなものである。
しかし、いちいちそれを考えるのは非常に大変なので、ある瞬間の生物の状態(積分値)を生物決定因子の1つと考えてしまえば簡単だ。
そうすると、DNA、環境、状態の3つで、ある瞬間の決定を記述できるということになるのである。
しかも、さきほどの細胞質の問題も状態に含めてしまうことができるので、より良いということになる。

生物の決定は、DNA、環境、状態の3つの因子で決まるのは、上に述べた通りだが、これらの因子による決定には規則性があることに気付くだろう。
生物の誕生(受精)の直後は、個体のDNAが決定の中心を担う。
初めは環境を感じる機構ができていないため、環境は決定に影響を与えにくいということである。
個体が成長するにつれて、環境が生物の決定に関して支配的になり、それに一部従う形でDNAが関与するようになる。
そして、常に決定の基礎となっているのが、その個体の状態である。
また、ランダムな因子も常に少しずつ影響を与えてくる。

これらをまとめると、環境の影響が状態によって変換され、DNAを通して、あるいは直接、生物を決定するということになる。
こうして行われた決定は、生物の状態を変え、環境に対する反応の変化へと繋がってくる。
そして、一般的な傾向として、状態による変換は、成長に伴って、DNA重視から環境そのものの重視へと切り替わってくる。
このように、生物個体は、環境によって変化する決定サイクルによって、時間の流れに沿ってだんだん決定されるものであると考えられるのである。

概念図

現在の多くの生物研究は、遺伝子のみを対象としていることが多いが、環境や状態の影響を考えることで、さらに洗練された結果が得られる可能性が高い。
しかし、環境や状態を考えるということは、一気に研究を複雑にしてしまうということでもあり、現実的には難しいのも確かである。
逆に言うと、生物というものは非常に複雑なものであり、人間がちょっと研究したぐらいで解明されるようなものではないということなのかもしれない・・・。